天竜には日本の祭の原風景がある

天竜には日本の祭の原風景がある
おこない(おくない、ひよんどり、火踊り)、田楽、湯立て神楽(花祭り、花の舞)といった祭禮、神事は全国的に行われており、これらは中世に広まっていったとされる。
江戸期には主に都市部において神輿渡御とそれに随伴する屋臺行事が盛んとなり、二俣では江戸前期に神輿渡御が始まり、遅くとも江戸後期には屋臺曳き廻しが行われていたようだ。
山間部では屋台の曳き廻しは困難であるから、全国的に田舎の祭りといえば、今も神楽、おこない、田楽の類いが主流なのであるが、天竜区では例外的に明治期より屋臺行事が盛んとなり、おくない、田楽、神楽の類いは一部地域に点在するのみとなった。
山間部である天竜区で屋臺行事(現在でも百台ほどの屋台が各地で曳き廻されている)がこれほど盛んとなったのは、屋台の材料となる良質の木材が豊富であること、材木搬出のために馬車、荷車を通す林道が発達していたこと、秋葉、光明山の伽藍再建が明治大正期に行われ優秀な宮大工が集っていたこと、天竜川水運と林業の隆盛で経済的に豊かであったこと等、様々な条件が揃っていたためと思われる。
山間部での屋臺行事は全国的にも貴重であり、天竜が誇るべき民俗文化である。
特に、二俣、犬居、気田で行われる屋台を随行させ氏地の町々を巡行する神輿渡御は江戸の祭の古式に則った神事であるが、江戸時代後期以降全国的に衰退し神輿渡御と屋台曳き廻しが別々に行なわれるようになり、本家の江戸神田、山王祭でも明治期に屋台の曳き廻しが廃絶されたため、屋臺行事の原形を留める祭禮として非常に貴重である。
そして、屋臺行事が主流となっても、一部に点在して残されたおくない、花の舞、田楽、舞楽は、孤立した故に近隣の影響や地域の流行に左右されなかったためか、比較的古来の形式を残しているとして多くが民俗文化財に指定されている。
経済豊かな山間部に多くの人が住み、屋臺行事が波及する土壌があった故に、貴重な祭禮行事が古式のまま残されていることは、天竜区の大切な財産である。
天竜には日本の祭の原風景がある、というのは理由があるのだ。
川合花の舞【静岡県無形民俗文化財】
城西御鍬祭典十二段舞楽(松島神楽)
西浦田楽【国指定重要無形民俗文化財】
気田南宮神社祭典神輿渡御
犬居つなん曳き【浜松市指定無形民俗文化財】
犬居熱田神社祭典
中部馬背神社・天白神社祭典
二俣諏訪神社祭典
二俣諏訪神社祭典
犬居平野八面神社祭典
山東八幡神社祭典

天龍の屋台行事
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